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園長になるためのキャリアプランニング
保育士として働く多くの人が、一度は奈良県の保育園で「園長」という役職を意識するのではないでしょうか。園長は、園の理念を実現し、子どもたち、保護者、そして職員全員にとってより良い環境を創り出す、非常に重要でやりがいのあるポジションです。しかし、園長になるためには、日々の保育をこなすだけでは不十分で、計画的なキャリアプランニングが不可欠となります。まず第一に、保育士としての豊富な実務経験が土台となります。様々な年齢の子どもたちと関わり、多様なケースに対応してきた経験は、園全体の状況を把握し、適切な判断を下す上で必ず役立ちます。特に、主任保育士としての経験は、管理職へのステップとして極めて重要です。主任として、他の職員の指導や育成、園の運営実務に関わることで、園長に必要なマネジメント能力の基礎を養うことができます。次に、専門知識の習得も欠かせません。保育に関する知識はもちろんのこと、労務管理、会計、関連法規など、園を経営していく上で必要な知識は多岐にわたります。キャリアアップ研修のマネジメント研修を受講したり、関連書籍を読んだりして、積極的に学び続ける姿勢が求められます。さらに、リーダーシップとコミュニケーション能力も園長の重要な資質です。職員一人ひとりの個性や能力を理解し、チームとして最大限の力が発揮できるよう導く力。そして、保護者や地域社会と良好な関係を築き、園への理解と協力を得る力。これらは一朝一夕に身につくものではなく、日々の業務の中で意識的に磨いていく必要があります。園長という目標を掲げ、そこから逆算して今何をすべきかを考える。その地道な積み重ねこそが、理想の園を実現するリーダーへの道を開くのです。私は大学を卒業してから7年間、保育士として夢中で働いてきました。子どもたちの屈託のない笑顔と日々の成長は、何物にも代えがたい喜びであり、この仕事に大きな誇りを感じていました。しかし、30歳を目前にした頃から、自分の将来について漠然とした不安を抱えるようになったのです。きっかけは、ささいなことでした。ある日、保護者の方から「先生はいつも元気で、体力があってすごいですね」と言われたのです。もちろん褒め言葉として受け取りましたが、その瞬間に「この体力を、この気力を、あと20年、30年維持できるだろうか」という疑問が頭をよぎりました。保育の仕事は、精神的なやりがいとは裏腹に、肉体的な負担が非常に大きいのが現実です。腰痛は職業病のようになり、休憩時間も満足に取れない日々。そして、仕事量に見合っているとは言いがたい給与。大好きな仕事だからこそ、情熱だけで続けていくことに限界を感じ始めていたのかもしれません。そんな時、地域のNPO法人が運営する子育て支援センターの求人を見つけました。主な業務は、子育て中の親子の交流の場の提供や、育児相談。保育士の資格と経験が活かせる仕事です。保育園のように毎日同じ子どもたちと深く関わることはできませんが、より広い視野で、多くの子育て家庭を支えることができるのではないか。悩んだ末に、私は転職を決意しました。保育の現場を離れることに寂しさはありましたが、今は新しい環境で、保育士として培った知識や経験が役立っていると実感する毎日です。キャリアの選択は一つではありません。保育への情熱を別の形で社会に還元する道もあるのだと、今は前向きに捉えています。
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縄跳びを先生がカウントする!!
私は何を隠そう幼稚園時代に縄跳びが得意でした。(ただバカみたいな事に集中できるというだけとも言えますが(泣))ハッキリとは覚えていないのですが、700回近く飛んだと記憶しております。普通は皆やるので時間の都合やら色々あると考えますが、その当時は耳が聞こえにくく(先天性感音性難聴)まあ深い思慮もありませんから純粋に記録に挑戦したのでしょう、きっと。また小さいころは年上のお兄さんやお姉さんに交じって遊んでもらう事も結構ありましたし、産まれたのがはやい方で(6月産まれ)体の成長もいわゆる大きい方だったというのもあるのでしょうか。体力系のバカですね。先生が目の前でカウントされるのですが、よくもまあ皆の飛んだ回数を記録していったもんだと思います。園庭で遊ぶ事もですが、これが一番の記憶として残っております。人生何があるか分かりませんし、何がその子にとって影響を与えるかもわかりません。そうした中で恐らく工夫して一人一人の縄跳びを飛んだ回数を記録する事になったのでしょうが、私からすると今でも続いていて欲しいなと考えます。カウントする方はなんか目が回りそうですよね、今では縄跳びをする事はないですが体を鍛えるという事や健康志向であってもとても良い運動と考えます。先生、その節も有難うございました。先生という職業は先生という言葉はおそらく永久に不滅です。
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わざわざそんな事で!?先生からの電話。
今年、末っ子甘えん坊の息子が幼稚園に入園した。面接の時から名前は言えない、先生の顔を見れない、お話できない等心配事は山のようにあった。それでも希望の幼稚園に入園できる事になり、入園式に向けて幼稚園の楽しさをなんとか伝えようとした。迎えた入園式当日は朝からてんやわんや。制服着たくない。行きたくない。なんとか連れて行ってもずっと泣き叫んで不機嫌で上履きも履けない。周りにも何人か泣いてる子はいたが、息子ほどではなかった。これからの息子の幼稚園生活はどうなるのか不安でしかなかった。しかし、思ってたより馴染むのは早かった。友達もできて楽しく遊べるようになったのか、入園して1ヶ月もする頃には早く幼稚園に行きたいと言うほどになった。息子の通う幼稚園は英語や体操、音楽指導等に力をいれていて、園生活に慣れてきた頃から徐々に始まっていった。しかし息子は教室のすみでじっとして、園の活動に参加しようとはしなかった。それでも回を重ねる度、担任の先生が声をかけてくれて「今日は少し参加できましたよ!」「今日はこれができるようになりました!」と送迎時に話してくれて、少しずつ参加できるようになってきた。ある日、いつものようにお迎えに行き、今日はこんな活動しました、と報告を受けて帰宅した。その日の夕方、園から電話が。息子が何かしでかしたのか!?と不安に思いつつ電話に出ると、担任の先生からだった。「先ほどお迎えの時にお伝えするの忘れてしまったのですが…」「すみません!うちの子何かやってしまいましたか?」「いえいえ、そういった事ではなく。今日息子くん、体操の時間を最初から最後まで参加できたんですよ!初めて全部参加できたので私も嬉しくて、お母さんにお伝えしなきゃと思っていたんです!すみません、お伝えするの忘れてしまって。」私はわざわざそんな事を伝えるために電話を?と驚いた。しかしそれと同時に、先生がこんなにも息子の事を見てくれていて、些細な事でも伝えてくれた事が嬉しくて、少し涙ぐんでしまった。何人もクラスの子がいる中、一人一人細かい事に気を配ってくれている先生の存在は本当にありがたい。この園に決めてよかったと改めて思った。今は息子も楽しんで園に通っている。
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食育体験で保育園の先生とお買い物
娘の通う保育園は小規模園なので、一人ひとりへの対応がとても行き届いています。園で1番大きい2歳児クラスでは積極的に食育を取り入れており、調理前の野菜や果物を実際に見たり触ったり、ミニトマトの栽培や収穫を体験させてくれていました。中でも驚いたのは、その日のおやつを作るだけでなく、材料の買い出しから体験させてくれたことです。クラスのお友達は娘も含めて6人でしたが、3人ずつ日付を分けて担任の先生と近くのスーパーまで歩いてお買い物にいき、それぞれ担当の食材を決めて棚から見つけ、レジまで持って行き先生と一緒にお会計をしてもらう、その食材を園に持ち帰り給食の先生と調理をする、というものでした。その日のおやつを待っているみんなのためにお買い物を成功させるという責任感、自分たちが買ってきたもので自分たちの手で調理して食べるという達成感、どちらも味わうことができたようで、娘に「ご飯を作るって大変なことだよね」と声をかけると「うん、そうだね」と言っていました。食育の一環でここまで手をかけてくれるのは小規模園ならではじゃないでしょうか。娘もこの日をとても楽しみにしていたようで、大好きなお友達と先生とお買い物に行った、おやつを作っておいしかったと喜んでいました。
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幼稚園の先生と、子供が成人した今も繋がっていること
息子が幼稚園のとき、暴れん坊で、よく幼稚園に呼び出されていました。初めのころは大変だったのですが、息子が正義感から行動を起こしていることを分かって下さり、担任の先生は共感して頂き、とても仲良くなることができました。クリスマス会の企画について父母会で相談した時に、私と私の父で参加し、父はサンタクロースの衣装、私はなんと戦隊ものの黄色いスーツ(キレンジャー的な)を着て、劇をする、という企画が受けて、担任の先生を始めとして幼稚園の皆さんと一緒に作り上げることができ、とても楽しかった思い出です。その後、息子は卒園しましたが、娘が同じ幼稚園に入り、やはり暴れていましたが、温かく見守ってくれました。娘が卒園した後も、近所なので、よくお食事にいき、今度は女性として先輩である私の経験に頼ってくれる様な仲になりました。先生が結婚、出産した時にも相談してくれ、お話を聞いてあげることぐらいしかできないのですが、今では、息子が就職活動しており、娘は就職活動の準備をしているのですが、今度は就職活動の先輩として、先生の経験談をお聞きしたりしています。頼って、頼られて、の繰り返しですが、今でも素晴らしい関係で繋がっていることがとても嬉しく感じています。
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発達が不安な息子の幼稚園探し
私の息子が幼稚園に入園する時のエピソードです。私の息子は幼い頃発達面に心配があり、明確な診断はなかったものの「落着きがない」「2歳で二語文しか喋らない」「石や砂を食べてしまう」等があり、発達障害を疑わざるを得ない状況でした。そんな中での幼稚園探し。地元の幼稚園は当時2年保育で、発達が心配な息子を早く集団に入れて刺激を与えたいという思いから3年保育の幼稚園を探しました。探し始めた当初は「空きがあれば入れるだろう」と安易な考えでしたが、その考えは見事に崩れました。ある私立幼稚園の園長先生は、落ち着きのない息子を見て明らかに怪訝そうな顔をし、2度目にお会いした時には「療育に通うことが入園の条件です」と言われました。たった数時間息子を見ただけなのに……。まだ2歳の息子は「右向け右」と言われると、必ず右を向かないといけないのか……と帰り道に息子の手を握り涙をぬぐいました。そんな時にインターネットでふと見つけた私立幼稚園。ギリギリ通える範囲で、少人数制の保育に惹かれ、親子で見学に行きました。一通り施設を見学した後、園長先生との面談がありました。私も主人も包み隠さず息子の発達面が心配であることをお話し、入園を断られる覚悟で「落着きがないので、特に年少のうちは運動会などは厳しいかもしれない」と話をしました。すると園長先生は「お母さん、何を言ってるの?動かない子どもなんて逆に怖い。人形じゃないんですから!」と笑い飛ばし「子どもが落着きがないのは当たり前!指示に従うだけの子どもなんて子どもじゃないですよ」と仰ってくださいました。その言葉で私たちはその幼稚園に入園を決め、息子はのびのびとした優しい先生方と色々な性格のお友達に囲まれて3年間を過ごしました。そんな息子も、もう6年生。まだまだ心配は尽きませんが、素晴らしい幼稚園に恵まれたおかげで、人一倍優しい男の子に成長しました。あの時の園長先生のお言葉は、今も私の中で大きな支えとなっています。
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幼稚園で先生から教えてもらった人間関係。
幼稚園の頃、私は人見知りが酷い性格でした。
両親もそんな私の性格を改善しようと、親戚の同年代の子供に会わせていました。
しかし、意思の疎通が上手くいかずに泣いてしまうことが多かったそうです。
そんな私にも、幼稚園で仲の良い友達ができました。
女の子で、遊びや趣味の価値観が似ていることから意気投合。
それを良く思っていない男の子から、少しいじわるをされることがありました。
皆で運ぶ大きい机を私1人で運ぶように言う男の子。
だんだんと幼稚園に通うのが億劫になった頃、先生から話しかけられました。
「なんで最近ご飯を食べなくなったのかなって、心配なんだ。」
気づけば幼稚園で支給される給食を半分以上残していました。
「だって、A君がいじわるするから。Bちゃんと遊んじゃダメなのかなって。」
そう言うと、先生からはこのような話をされました。
自分が仲良くなりたい友達と仲良くすれば良い。
一緒にいて合わないな、ちょっと疲れるなと思う友達とは無理してまで付き合わなくて良い。
大人になった時、そのような人間関係の選択はもっと大事になる。
大人になった今、先生の言葉の意味がよく分かるようになりました。
大人になれば友達のみならず、恋人や配偶者など、人との関係性がどんどん変わっていく。
その中で合わない人と無理して関わることがどれだけ大変か。
幼稚園の頃、先生の言葉で仲の良い友達を大事にできて良かったと思えています。 -
幼稚園の先生との秘密
幼稚園に通っている時、とても大好きだった女性の先生がいました。
いつも優しく笑顔で話しかけてくれるので、人見知りだった私も先生には心を開いて沢山お話をするようになっていました。
夏休みになって私は家族とディズニーランドに行きました。
初めてのディズニーランドにとても感動して、帰りはお土産を買って帰ることにしたのです。
そこで大好きな先生にもお土産を買って渡そうと思いつき、ミッキーマウスのキーホルダーを買いました。
早く先生に渡したいとウキウキしながら眠り、翌日幼稚園に行き先生にお土産を渡しました。
そこでとても感動して楽しかったディズニーランドの思い出話を先生に沢山話したのです。
先生は一生懸命私の話しを聞いてくれて、お土産もとても喜んでくれました。
先生はそのキーホルダーを自分のかばんに付けてくれて、とても大切にしてくれたのです。
何ヶ月後、今度は先生から旅行のお土産をいただきました。
私の名前の書いているハンカチを選んでくれていました。
幼稚園児ながらお土産をもらえたことがとても嬉しくなり、先生と自分の二人だけの秘密の様な気持ちになりました。
卒園する時、先生からお土産を買ってきてくれて本当に嬉しかったよと言ってもらえて嬉しかった思い出があります。 -
保育園児の冬の小さなイベント
北海道の冬は、とても長く雪遊びを楽しむ保育園生活。いつも遊んでいるのは、かまくら作りや雪合戦、おままごと、つららを取ること。子どもながらに毎日が楽しく友達と先生と遊んで過ごしていました。それでも、冬は長く同じ遊びで飽きることも。そんな中、年長クラスの時に担任の先生から突然、「宝さがしやるよー!」との声掛けが!お部屋の中でやるのかな?と思っていたら、「外に出るから準備して。」とのこと。何をどうやるのか分からないまま身支度をして園庭に出て、先生が持っていたのは、みかん。すると先生が「雪の中にこのみかんをたくさん隠すからみんなはそれを探してね!」と。外で宝さがし!しかも食べ物のみかん!雪の中を探す!凄い楽しそう!!と思い、寒さなど全く感じず無我夢中で雪の中のみかんを探す私達。しっかりと人数分を用意してくれ、全員が見つけるまで十分な時間をとってくれました。早く見つけた友達はまだ見つけていない私の分を一緒に見つけてくれ、全員見つけるとみんな達成感がいっぱいでした。いつもの宝さがしだと、そこで終わりですが今回はまだお楽しみが。自分が見つけたそのみかんをお部屋に持ち帰り暖かいお部屋の中で食べるという幸せな時間。とても楽しい思い出として30年近くたった今でも鮮明に覚えています。先生ありがとうー!
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幼稚園の先生との優しき時間
幼稚園に3年くらい通っていました。毎日楽しくお友達と遊んでいたような気がします。その中でも1番好きだったのは紙芝居を見るお時間でした。「今回は何のお話かな?」とわくわくしながらいつも楽しみにしていました。おとなしくて内向的な子どもだった私は、先生と積極的にお話しした記憶はあまりありません。なので先生が話しかけてくれた時はとても嬉しかったことを覚えています。ある日のこと、紙芝居をしまっているお部屋の前で、扉のガラスのところに私がおでこをくっつけてそのお部屋の中にある紙芝居をガン見してのぞいていたところに先生が通りました。おそらく先生は驚いたと思うし、「この子は一体何をしているのだろう?」と思ったと思うのですが、先生は優しく「紙芝居好きなの?」とおっしゃいました(←この想像力、さすがです!)。私は小さく「…うん」と答えました。先生は「そう!」とおっしゃって通り過ぎました。その数時間後、その日は紙芝居のお時間はない日だったのですが、先生が紙芝居のお時間を作ってくださいました。私の方をみて優しく微笑みながら。それがとても嬉しかったです。今思えばスケジュールを変更するのは大変だったろうと想像できます。こうして文章を書きながら当時のことを思い出し泣きそうになっています。先生、あの時は本当にありがとうございました。