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コロナ禍での保育園生活、保護者の不安にすぐ対応してくださり嬉しかった体験談
保育園での最後の2年間にお世話になった、担任の先生とのお話です。その先生は0〜1歳の頃にも関わった先生なので特に不安はありませんでしたが、一部の保護者から「けっこう厳しい先生だよ」と聞いたこともあり子供の様子を少し気にしながら生活しておりました。クラスの役員をしていた関係で、ある日 他の保護者から「子供が先生を怖がっている」と相談がありました。間違えて玩具を持って帰ってしまったその子は、自宅で「先生に怒られる…」と身体を震わせ青白い顔で泣いたという話でした。また、他の保護者からは「会った時に、娘の出来なかったところばかりを教えてくれる。良かったところも教えて欲しいのに…。」という話も聞いたため、役員として園に相談することにしました。園長先生や主任クラスの先生方と直接お話する時間を頂き、わかったことは、その担任の先生はとても真面目で頑張りや、でも人見知りで口下手な面もあり誤解されやすいということ。一人一人の個性をよく見ていて 小学校に行った時にその子が困らないよう、今から準備してあげないと…!と考えていたため、時に厳しい対応をしたり、足りない部分を保護者に伝えていたようです。コロナ禍で、先生とお話する機会や園内に入る機会が大幅に減ったことで、コミュニケーション不足から生まれた誤解。園には、先生の対応の仕方に対する希望(注意するときの言い方や態度など)を伝えるとともに、先生との懇談会など直接会える時間を増やす希望を出しました。すぐに園が動いてくださり、懇談会で先生とお話できたり、参観で園内の様子をみられたことで保護者の不安はほぼ無くなりました。実際に見れば、子供と先生の間に信頼関係がしっかり出来ているのが分かります。子どもたちも成長し「先生は怒ると怖いけど、普段はとっても優しくて、大好き」と話してくれるようになりました。先生との別れを惜しみつつ卒園できます。保護者の気持ちに寄り添って先生方が対応してくださったことが嬉しかった体験でした。
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幼稚園でお世話になった先生ありがとうございました!
我が息子の話です。夫の転勤に帯同しており全国各地引越ししています。そんな中子供も一緒に引越しをしていました。息子はとても人見知りであり、環境の変化に慣れるまでなかなか時間がかかるタイプでした。転園になり息子がなじめなかった時でした。内気な性格に気遣ってくださった幼稚園の担任になった先生。とってもやさしく対応してくださり日々状況を教えてくださり毎日不安な中安心させていただくことができました。また内気な息子ですが身体を動かすことが得意な息子のことを思い園庭遊びに必死につきあって下さり、一緒に遊んで下さいました。幼稚園のイベントである運動会のこと。内気な息子にリレーのアンカーをやってみない?と声をかけて下さったんです。内気で有り最初は悩んでいた様子だったそうですがただうなずいただけの息子、先生は心配であったと思いますが任せて下さいました。その経験が息子に自信を与えて下さいました。我が子は毎日楽しく幼稚園に通うことができそして今は小5ですが当時のリレーのアンカーをしたことで様々な事に前向きになったのです。親の応援も大事ですがそうやった先生などに認められたことで自己肯定感が増したのをそばにいて実感した事を書かせていただきました!感謝しています!
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保育園の先生とのおやつ作り
私が通っていた保育園では月に1回先生と一緒にクッキングというものがありました。簡単なデザートだったりおやつを一緒に作っていきます。エプロンや三角巾などを準備するだけで、あとは先生が用意してくれていました。地域の方に貰った野菜やくだものを使った作る事が多かったです。作るものは先生が決めていて、たまに食べたいもののアンケートを取ってくれたりしていました。一番思い出に残っているのは、スイートポテトです。サツマイモと牛乳と砂糖を混ぜて焼いただけの簡単なものです。大体何を作る時も30分以内で出来るものが多かったです。一生懸命作ったものはとてもおいしいのです。先生がボールを抑えてくれて一緒に混ぜたり、友達と一緒に丸めたりとにかく楽しかったです。難しい作業は一つも無いのに、何かするたびに褒めてくれる先生が大好きでした。みんなで一緒に作ったからというものあるのですが、先生が「〇〇ちゃんが丸めてくれたの、おいしいね」など言ってくれたのがきっかけで料理を作る事が好きになりました。先生のおかげで毎月楽しい体験ができて、将来のためにもなったと思います。毎日楽しく過ごせたのは先生が優しくて、たくさん褒めてくれたからだと思います。
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私自身が保育園で保育士をやっていた頃のやりがい
私が保育士をしていた頃の嬉しいエピソードは、子どもの前で自分が作ったエプロンシアターや紙芝居を披露し、子どもが喜んでくれた事です。子どもは絵本や紙芝居等の読み聞かせがとても好きです。私は変わった事がしたいと思ってエプロンシアターの本を見て裁縫をして頑張って作りました。裁縫は母から教わりました。時にはミシンも使いました。裁縫を使うのは小学生以来でした。紙芝居は色画用紙で作ったりしました。私が頑張った分、子どもが喜んでくれた事は格段に嬉しかったです。また、子どもが保護者に私のエプロンシアターや紙芝居の面白いエピソードを話したりするので、保護者からも私にお礼を言ってくれたりするので嬉しさも相乗効果です。モンスターペアレントといった事に遭遇する事はありませんでした。今は保育士を引退しましたが、自分自身、何かに対して熱中して作ることが好きであることや裁縫を使えるようになったのはプラスになっています。目的があれば私はそれに向かって熱中して取り組むことができます。そういう事が自己覚知できたのも保育士をやっていたからこそです。それだけでなく子育てや子どもの成長を理解できる機会を見させてくれたこの仕事が一番のやりがいやうれしさと思います。
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先生も?!
息子の通う幼稚園の先生は可愛くて優しい先生で子供たちからもとっても人気。
髪型やメイクも今時の若い女の子という感じでおしゃれな先生でした。
でもある時 園バスに乗る先生が見覚えのあるボールペンを使っているのを見つけて ドキドキ、、、
それは私の大好きなソシャゲのキャラグッズだったのです!私は周りのママ友には隠しているけれど実は生粋のオタクです。
え!?嘘、、いやいや もしかしたら たまたま幼稚園にあったものを使っているだけかもしれない
ボールペンなんてどこにでも売ってるはず、でもそのキャラクターは確実に幼稚園生が見るような内容ではないので子供ウケを狙ったわけでもなさそうで、、
毎日園バスに子供を乗せる時 そのボールペンを見るたびにモヤモヤが募ります。
思い切って声をかけようか、それともオタクバレを恐れて気づかないふりをするか、、
そんなある日息子が帰ってきて
「先生も〇〇らしいよ」(〇〇はそのソシャゲユーザーの呼び名です)とサラッと言いました。
さすがオタクの息子5歳にして英才教育されているので 先生のボールペンを見て声をかけたようです。
「え?!嘘?!そんなっ!!」同志を見つけた喜びと推理の当たった嬉しさ、思わず喜んでいると
たまたま幼稚園から連絡がありました。それもあの先生から!
幼稚園に水筒を忘れたという 連絡と共に電話の最後に「あの、私も〇〇なんです。嬉しいです、同じ〇〇ユーザーの方に出会えて!今後ともよろしくお願いします」と 控えめに言ってくださったあの時の嬉しさは今でも忘れません!!!
それから 卒園するまで顔を合わせるたびに思う存分オタクな会話をしました! -
幼稚園の園長先生の畑で柿を食べた思い出
娘が通っていた幼稚園は自由な園風で、幼稚園の敷地内であれば、木に登ったり、花を摘んだりしても良く、泥だらけになっても構わないのです。私はそれをとても気に入っておりました。また、園長先生のおうちの畑で、野菜を育てることが出来たことも、貴重な体験をさせてもらったなと思っています。さつまいもの苗を植えたり、大根の種を蒔いたり、他に田んぼもありましたので、もち米を育てたりもしていました。収穫はいつも豊作で、さつまいもや大根は幼稚園児が持つには重すぎる量を持って帰っていました。もち米は、1月にお餅つきをして、みんなでお餅を食べたりなど、行事が多くて保護者は大変でしたが、楽しかったのを覚えています。収穫を終えたあと、いつも畑で遊ぶ時間があり、みんな泥だらけになって遊んでいました。
秋には園長先生が庭に生えている柿の木から、柿をもぎ取ってくれて、子供たちにあげていました。その食べ方が、今の時代からするととても野生的なのです。服に柿をごしごしと擦り付けて汚れをとり、皮ごとかぶりつくのです。そうして食べなさいと、園長先生が教えてくれるものですから、幼稚園児はみんなそうして食べるのです。今は中学生になった娘は、いまだに柿をそのようにして食べます。柿は皮をむいて食べた方が美味しいと思うので、私は皮ごと食べません。ですが、娘が柿にむしゃぶりつく姿を見ると、とっても美味しそうに見え、また、幼稚園の思い出がよみがえり、ほんのりと幸せな気持ちになります。私では、柿に皮ごとむしゃぶりつく美味しさを教えてあげることは出来ませんでした。園長先生にはいまだに感謝しています。 -
息子が卒園してからの出来事
私の息子はとても泣き虫で幼稚園に行くのが本当に本当に嫌で毎日泣いていました。私も仕事があるので、かわいそうと思いながらも毎日幼稚園に送っていました。 そのたけの幼稚園の先生がとても優しい先生で、私の息子をいつも笑顔で迎えてくれて少しでも負担にならないように気を使いながら私の息子に接してくれました。その先生がいたおかげで無事に通うこともできましたし、他の友達とも仲良く過ごすことができたのだと思います。色々なお遊戯会なのでもいつもそばにいてくれて私のように母親母親のような役割を務めてもらいました。そんな先生とも卒園が近づくたびに息子は別れるのが嫌だと、泣いていた時がありました。笑っちゃうのですがあの先生と結婚するとまで言っていました。小学校にあり先生と会う時はなかったのですが、その後手紙が届き近況を報告し合いながらトーテムある時に先生に会いに行こうと息子と一緒に車で幼稚園に行きました。 少し大人びた息子を見て先生もとても嬉しそうでしたし私も胸が温かくなりました。 幼稚園の先生というのはいつまでも覚えている印象があるので、その幼稚園の先生に私はとても感謝しています。幼稚園の先生というのは本当にすごい仕事だと思います。
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幼稚園と保育園の転園が産んだ第二の親
引っ越しがかさなり幼稚園と保育園に通っていた時の嬉しかった思い出は、幼稚園では自宅が遠い場所だったこともあり、両親が毎日車で幼稚園まで送ってくれていたのですが、共働きになってからは幼稚園までは、近所のおじさんが連れて行ってくれていました。そんな家庭環境をしった幼稚園の先生方が日替わりで朝早く自宅まで車で迎えに来てくれてくれた事です。先生方の日替わりの運転や幼稚園までの道のりが違うことも、当時は楽しく小さな冒険をしている感覚でした。また車の中で先生方が朝ごはんのお弁当を作って来てくれてその味が、毎日変わる度に朝からレストランに来ている様で、毎日が嬉しかったです。そうして近所の保育園に転園してからも先生方が協力してくれました。転園する時に両親が残業の事を話していたのだと思います。なので毎日の様に保育園を最後に出るという保育園の過ごし方だったのです。しかし夜遅くなっても保育園の先生方はいつも残って優しく見守ってくれていたのです。時には夕飯のお弁当をくれたり、お菓子を渡してくれて喜ばせてくれたりしてくれたのです。両親が迎えに来るまでの時間を保育園の先生方が協力をしあいながら残業をして注いでくれた第二の親の様に愛情を注いでくれたのです。ケガをした時には病院まで付き添ってくれたり、ケンカをしたした時には怒ってくれて本当に親の様な形をとってくれていました。小さい時期のわずかな期間で愛情をあの時程注いでくれた方々に感謝をしています。
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園児と親と先生の良い関係が続く幼稚園
自分が幼稚園児の頃ですから随分と昔の話です。その日は、工作をする日で、多くの園児たちが楽しみにしている日でした。と言うのも、工作をする日は、天気が良ければ外で工作をするので、室内で過ごすことと違って近所の広場まで出かけられるのです。その日の工作は、画用紙を使ってころころと風を受けて疾走する車輪を作るものでした。みんな熱心に教わった通りに作り上げ、色を塗って、個性豊かな工作が出来上がりました。さて、ここからがみんなのお楽しみです。自分で作り上げた車輪で競争し、一番よく転がった人には賞が与えられるのです。全員がその賞欲しさに頑張って作り上げたのです。全員が位置について、合図を待って、手作りの車輪を一斉に転がします。動力は自然に吹く風だけが頼りです。そよそよと吹く風を上手に受けることが出来れば、かなりのスピードで転がり続けます。幼稚園の先生の合図で一斉に手を離れた車輪が転がり始めます。上手く風を受けることのできない大半の車輪は途中で止まってしまいますが、自分の作った車輪は、どこが良かったのか、ものすごい勢いでころころと転がり続け、自分で走って追いかけても追いつかないほどのスピードで走っていきます。ダントツの走りで優勝間違いなしなのですが、あまりに勢いがついてどこかに行ってしまいました。せっかく作って優勝したのに現物が手に残っていないことが本当に残念でした。しかし、暫くして、ゼーゼー言いながら担任の先生が追いかけて行ってくれて、はるか向こうの空き地に転がっていた車輪を見つけて持ってきてくれたのです。本当に嬉しくて、先生に感謝しました。帰宅してその旨を親に伝えるとすぐに幼稚園に出向いて感謝していたのを覚えています。園児もその親も先生も良い関係が続く素敵な幼稚園だったと今更ながら思っています。
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保育園の園長先生との昼食会
私が通っていた小さな保育園では、月に1回ほど、園長先生と1対1でお昼を食べる機会がありました。おそらく、園児全員と順番に会うとちょうど1ヶ月で1周する人数だったのでしょう。自分の順番が回ってくると副園長先生(園長先生の奥さん)に呼ばれて園長室に案内されます。普段あまり会うことのない園長先生と会うのは少し緊張しました。園長室のふかふかした革張りのソファーは保育園児には大きすぎましたが、大人が座る椅子をひとりじめできるのはなんだか特別な感じがして妙に誇らしかったです。そこで園長先生と向かい合って給食を食べながら「元気かい?」「いつもお友達と何して遊んでるの?」などの他愛のない会話をするのですが、そのあいだ、園長先生はずっと私のほうをニコニコと眺めているのです。園児時代の私はとくに深いことを考えておらず「なんで園長先生は笑ってるのかな~、何が楽しいのかな?」と思っていましたが、今思うと園児1人1人の様子をじっくり観察するための機会として設けられた時間だったんでしょうね。本当に子供が好きな方だったのでしょう、私が給食を食べるのを、愛情に満ちた優しい笑顔で見つめていらした園長先生の表情を今でも思い描くことができます。