海外の日本人学校では、幼稚園から小学校、人気の保育園を奈良の大和高田でもどこかにして中学校まで一貫して日本人学校として運営している国が多くあります。私には2人娘がいるのですが、私が駐在していたタイやドバイでも同じように幼稚園、小学校と同じ校舎内で私の娘達も学んでおります。そんな中、ドバイ駐在中に長女が幼稚園を卒園し小学校へ上がり、こんなバイリンガルスクールが神戸の中にあるのは下の娘が今度は入園。2人揃って登校登園するようになりました。海外の日本人学校では、自宅の近くのバス停からバスで集団登校・登園することが一般的なのですが、こんなホームページ制作ができるなら神戸には一番最初、下の娘はどうしても不安だったと思います。そんな中、長女が幼稚園へ登園する際には、バスから降りて上の娘が入口まで付いて行き、帰りも幼稚園の入口まで迎えに行って一緒にバスに乗る。ということをしていたようで、神戸でもインターナショナルスクールといえるのは幼稚園の先生から「お姉ちゃんになったね!凄いね!偉い!」と褒められたことに長女は非常に達成感を感じたようで、それ以来妹の面倒をよく見るようになってくれました。本人もとても嬉しかったようで、帰宅するなりすぐに報告してくれました。幼稚園の先生達も小学校に上がった卒園児もかなり顔見知りだったりするので、子どもを奈良の保育園に口コミで入れるとしてもこういった距離感は現地日本人学校ならではのあるあるなんじゃないかな。と思います。
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コロナ禍での保育園生活、保護者の不安にすぐ対応してくださり嬉しかった体験談
保育園での最後の2年間にお世話になった、担任の先生とのお話です。その先生は0〜1歳の頃にも関わった先生なので特に不安はありませんでしたが、一部の保護者から「けっこう厳しい先生だよ」と聞いたこともあり子供の様子を少し気にしながら生活しておりました。クラスの役員をしていた関係で、ある日 他の保護者から「子供が先生を怖がっている」と相談がありました。間違えて玩具を持って帰ってしまったその子は、自宅で「先生に怒られる…」と身体を震わせ青白い顔で泣いたという話でした。また、他の保護者からは「会った時に、娘の出来なかったところばかりを教えてくれる。良かったところも教えて欲しいのに…。」という話も聞いたため、役員として園に相談することにしました。園長先生や主任クラスの先生方と直接お話する時間を頂き、わかったことは、その担任の先生はとても真面目で頑張りや、でも人見知りで口下手な面もあり誤解されやすいということ。一人一人の個性をよく見ていて 小学校に行った時にその子が困らないよう、今から準備してあげないと…!と考えていたため、時に厳しい対応をしたり、足りない部分を保護者に伝えていたようです。コロナ禍で、先生とお話する機会や園内に入る機会が大幅に減ったことで、コミュニケーション不足から生まれた誤解。園には、先生の対応の仕方に対する希望(注意するときの言い方や態度など)を伝えるとともに、先生との懇談会など直接会える時間を増やす希望を出しました。すぐに園が動いてくださり、懇談会で先生とお話できたり、参観で園内の様子をみられたことで保護者の不安はほぼ無くなりました。実際に見れば、子供と先生の間に信頼関係がしっかり出来ているのが分かります。子どもたちも成長し「先生は怒ると怖いけど、普段はとっても優しくて、大好き」と話してくれるようになりました。先生との別れを惜しみつつ卒園できます。保護者の気持ちに寄り添って先生方が対応してくださったことが嬉しかった体験でした。
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幼稚園でお世話になった先生ありがとうございました!
我が息子の話です。夫の転勤に帯同しており全国各地引越ししています。そんな中子供も一緒に引越しをしていました。息子はとても人見知りであり、環境の変化に慣れるまでなかなか時間がかかるタイプでした。転園になり息子がなじめなかった時でした。内気な性格に気遣ってくださった幼稚園の担任になった先生。とってもやさしく対応してくださり日々状況を教えてくださり毎日不安な中安心させていただくことができました。また内気な息子ですが身体を動かすことが得意な息子のことを思い園庭遊びに必死につきあって下さり、一緒に遊んで下さいました。幼稚園のイベントである運動会のこと。内気な息子にリレーのアンカーをやってみない?と声をかけて下さったんです。内気で有り最初は悩んでいた様子だったそうですがただうなずいただけの息子、先生は心配であったと思いますが任せて下さいました。その経験が息子に自信を与えて下さいました。我が子は毎日楽しく幼稚園に通うことができそして今は小5ですが当時のリレーのアンカーをしたことで様々な事に前向きになったのです。親の応援も大事ですがそうやった先生などに認められたことで自己肯定感が増したのをそばにいて実感した事を書かせていただきました!感謝しています!
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保育園の先生とのおやつ作り
私が通っていた保育園では月に1回先生と一緒にクッキングというものがありました。簡単なデザートだったりおやつを一緒に作っていきます。エプロンや三角巾などを準備するだけで、あとは先生が用意してくれていました。地域の方に貰った野菜やくだものを使った作る事が多かったです。作るものは先生が決めていて、たまに食べたいもののアンケートを取ってくれたりしていました。一番思い出に残っているのは、スイートポテトです。サツマイモと牛乳と砂糖を混ぜて焼いただけの簡単なものです。大体何を作る時も30分以内で出来るものが多かったです。一生懸命作ったものはとてもおいしいのです。先生がボールを抑えてくれて一緒に混ぜたり、友達と一緒に丸めたりとにかく楽しかったです。難しい作業は一つも無いのに、何かするたびに褒めてくれる先生が大好きでした。みんなで一緒に作ったからというものあるのですが、先生が「〇〇ちゃんが丸めてくれたの、おいしいね」など言ってくれたのがきっかけで料理を作る事が好きになりました。先生のおかげで毎月楽しい体験ができて、将来のためにもなったと思います。毎日楽しく過ごせたのは先生が優しくて、たくさん褒めてくれたからだと思います。
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私自身が保育園で保育士をやっていた頃のやりがい
私が保育士をしていた頃の嬉しいエピソードは、子どもの前で自分が作ったエプロンシアターや紙芝居を披露し、子どもが喜んでくれた事です。子どもは絵本や紙芝居等の読み聞かせがとても好きです。私は変わった事がしたいと思ってエプロンシアターの本を見て裁縫をして頑張って作りました。裁縫は母から教わりました。時にはミシンも使いました。裁縫を使うのは小学生以来でした。紙芝居は色画用紙で作ったりしました。私が頑張った分、子どもが喜んでくれた事は格段に嬉しかったです。また、子どもが保護者に私のエプロンシアターや紙芝居の面白いエピソードを話したりするので、保護者からも私にお礼を言ってくれたりするので嬉しさも相乗効果です。モンスターペアレントといった事に遭遇する事はありませんでした。今は保育士を引退しましたが、自分自身、何かに対して熱中して作ることが好きであることや裁縫を使えるようになったのはプラスになっています。目的があれば私はそれに向かって熱中して取り組むことができます。そういう事が自己覚知できたのも保育士をやっていたからこそです。それだけでなく子育てや子どもの成長を理解できる機会を見させてくれたこの仕事が一番のやりがいやうれしさと思います。
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幼稚園での運動会や遠足の先生との思いで
ある日の幼稚園の運動会で、私は担任の先生と一緒にリレー競技に参加することになりました。リレーは楽しい競技であり、子どもたちと一緒に走ることでさらなる絆を深める機会となります。リレーの日、私は緊張と興奮で胸が高鳴っていました。担任の先生も笑顔で応援してくれ、子どもたちと一緒にウォーミングアップをして準備しました。スタートの合図が鳴り、私たちは一列になってスタートラインに立ちました。走り出すと、子どもたちの声援や拍手が私たちを盛り上げてくれました。先生とのバトンタッチの瞬間は緊張しましたが、スムーズに行うことができました。チーム全体で力を合わせて最後まで走り抜け、ゴールの瞬間には大きな歓声が湧き上がりました。ゴール後、子どもたちは喜びに満ちた笑顔で担任の先生を囲みました。先生も嬉しそうに子どもたちと抱き合い、お互いにお祝いの言葉をかけました。その時の一体感と喜びは忘れられない思い出です。ある日の幼稚園の遠足で、私たちは先生と一緒に動物園に行くことになりました。子どもたちは大喜びで、ワクワクしながらバスに乗り込みました。動物園では、先生が子どもたちに動物の特徴や生態について教えてくれました。一緒に動物たちを見ながら、先生のお話を聞く子どもたちは興味津々で、時折質問をしたり、感想を言ったりしました。
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保育園の園長先生との昼食会
私が通っていた小さな保育園では、月に1回ほど、園長先生と1対1でお昼を食べる機会がありました。おそらく、園児全員と順番に会うとちょうど1ヶ月で1周する人数だったのでしょう。自分の順番が回ってくると副園長先生(園長先生の奥さん)に呼ばれて園長室に案内されます。普段あまり会うことのない園長先生と会うのは少し緊張しました。園長室のふかふかした革張りのソファーは保育園児には大きすぎましたが、大人が座る椅子をひとりじめできるのはなんだか特別な感じがして妙に誇らしかったです。そこで園長先生と向かい合って給食を食べながら「元気かい?」「いつもお友達と何して遊んでるの?」などの他愛のない会話をするのですが、そのあいだ、園長先生はずっと私のほうをニコニコと眺めているのです。園児時代の私はとくに深いことを考えておらず「なんで園長先生は笑ってるのかな~、何が楽しいのかな?」と思っていましたが、今思うと園児1人1人の様子をじっくり観察するための機会として設けられた時間だったんでしょうね。本当に子供が好きな方だったのでしょう、私が給食を食べるのを、愛情に満ちた優しい笑顔で見つめていらした園長先生の表情を今でも思い描くことができます。
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海外日本人学校の幼稚園あるある
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マイペースな私を温かく迎えてくれた先生達
私は幼少の頃発達障害と診断され、きっとエレメンタリースクールなら神戸では一般の幼稚園には入園できませんでした。そのような状況でも受け入れてくれたカトリック系の幼稚園に入園しました。自転車で片道30分かかる距離を母親は2往復することもありました。私は集団行動がまったくできず、みんなが合唱したりお絵かきする時も一人で単独行動です。朝登園するとすぐに裸足になり、どうしてか人気の保育園を奈良の大和高田からでも教室に入らずところ構わず走り回っていました。併設されていた教会に忍び込んだり、園庭で三輪車をこぐことが好きでした。そんな私の勝手な振る舞いにも先生方は怒ったり、問題児扱いすることはありませんでした。自由で束縛されないので園の生活は楽しい思い出しかありません。秋の運動会で奮闘したこと、たき火で焼き芋を食べたこと、お泊まり体験ではじめて親と離れて夜を過ごしたこと、貸し切りバスで遠足に行き思いきり遊び回ったこと、全てがいい思い出になっています。この口コミの奈良を保育園からはどこにいっても先生方は本当にいつも優しく温かい目で見守ってくれました。とくに園長先生には気に入ってもらい、仲間達が教室で授業を受けていてもこっそり園長室に入り込んで、電車のシミュレータを見せてもらったり遊び相手になってくれました。園長先生は卒園式で卒園生ひとりひとり名前を詠み上げる時、どうも神戸ならインターナショナルスクールには私の番で思わず声が詰まるほど思い入れがあったようです。幼稚園、先生方本当にお世話になりました。
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連絡ミスによりお迎えに行けない・・・!!
娘が5歳の頃通っていた保育園での有難かった話です。
このエレメンタリースクールなら神戸では少しもその日私は仕事で出張の為、帰りは20:00頃予定でした。
(保育園は延長しても最大19:00まで)近くに住む実母に17:00にお迎えのお願いメールをして、バタバタといざ出張へ。
根管治療でおすすめの東京の歯科医院からは出張先では携帯電話を一切見る事が出来ず、
19:00過ぎに帰りの新幹線のホームでやっと携帯電話をチェックすると、
保育園から着信アリ。なんとなく嫌な予感がして、まず実母に電話をすると何のこと?と・・・
大和高田で保育士を採用するとどんなにもなって慌ててメール確認をすると通信エラーにより送信出来ていなかった事が判明!その時点で私は血の気が引いて真っ青&パニック。
主人は仕事が終わるのが20:00以降になるので無理!頼めない!実母に今すぐ行って!とお願いし、即座に保育園へ折り返しの電話をしたら、
嫌な声なんて微塵も出さずに
「おばあちゃんが来るの、娘ちゃんと一緒に待ってますねー!」
「お母さんも気を付けて帰ってきてくださいね!」と暖かすぎる言葉をもらい、奈良で口コミをする保育園はどうしてもここから半泣きで娘と実母が待つ実家へ行き、
実母に聞くと、結局19:30まで先生が一人で娘と一緒に待っていてくれていました。
しかもその先生、前月に結婚したばかりの新婚・・・!!翌日土下座の勢いで謝り、出張先で買っていたお土産(実母にあげる予定だったもの)
を渡して、
「こんなのいいのにー!娘ちゃん、すっごくいい子で待ってましたよ!先生みんなで頂きますね!」
と言っていただき、事なきを得ました。神戸でもといえるのはインターナショナルスクールへあんなに血の気が引いたのは最初で最後だと思います。
以降、お迎えのお願いをする時は必ず返信をチェックするまで安心しないと心に決めました。
はぁ・・・怖かった。 -
幼稚園の園長先生との約束
私が幼稚園の年長さん最後の夏休み前の集会で園長先生がお話をしてくださいました。神戸もインターナショナルスクールと呼べるところから私はクーラーのよく聞いたお部屋で椅子に座りながらお話を聞いていました。お話の内容はよくある夏休みの過ごし方についてのお話でした。夜遅くまで遊ばずに5時のチャイムが鳴ったらすぐおうちに帰ること、怪しい人には近づかないこと、保育士を採用できる奈良の大和高田ならではとても毎日遊んでくださいとお話をしてくださいました。そして最後に、「テレビを見るときは必ず正座で見ることを約束してください。」と言われました。私はなぜ正座でテレビを見なければいけないのか分かりませんでしたが約束を守ろうと思い、毎日正座でテレビを見ていました。しかしある時急に「なぜ正座でいなければならないんだ。疲れるしこれからは寝っ転がってしまおう」と思い寝っ転がってテレビを見るようになりました。しかしその生活を続けていくうちにテレビとの距離が近くなり目が悪くなったり、そんなにも話題の保育園が奈良ではとてもここからずっと寝っ転がってテレビを見ていたせいで姿勢も悪くなってしまいました。現在は19歳という年齢にもかかわらず腰痛持ちとなってしまいました。子供の時は園長先生の言っていたことが分からなかったけれど今やっと理解できたような気がします。その兵庫でも神戸ではインターナショナルスクールのちゃんと園長先生との約束を守っていればよかったとやっと最近になって反省しています。