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長男のイヤイヤ期に保育園の先生に言われたこと
長男は2歳から保育園から行ったのですが、入園後しばらくしての面談で先生に言われたことがとても心に残っています。2歳はかわいい盛りではあったけれど、イヤイヤ期がひどく育児で落ち込むこともよくありました。お父さんとはお風呂に入るのに、わたしとだと入ってくれない。夫の方がイヤイヤで機嫌が悪くなった息子のあしらいが上手い。1人目の子どもということもあり、自分は育児が下手なんだ、頑張っているのにいいお母さんになれない。育児について自信をなくすことが多く、もしかしたら面談の時も緊張した暗い顔をしていたのかもしれません。そんな私に先生が教えてくれたのが、保育園での長男のリアルな笑い話や先生から見た長男の姿でした。転んでしまったお友達の服についた砂を払おうとして、服をはたきすぎてお友達を泣かせてしまった。「抱っこして」とは言いに来ないけど、他の子を抱っこしていると遠巻きに見ていて、「抱っこしようか?」というと嬉しそうに抱っこされる意地っ張りなところがある等々。育児について直接アドバイスをもらったわけではないけれど、自分の他にも長男をずっと見ててくれる人がいる、ということがすごく嬉しくて、いままで張りつめていた気持ちが一気にほぐれました。最後に「大変な時期だとは思いますが、一緒に頑張りましょう」と言っていただいたのも、辛いときの心のお守りになりました。
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子供の心を観てくれた先生
子供は3歳の元気な男の子です。ただ、人一倍にこだわりが強いせいか親の言うことも聞いてくれません。うちは共働き世帯ですのでどうしても保育園に預ける必要がありました。当初、こだわりが強すぎるあまり、迷惑をかけるのではないか?との不安がありました。保育園の先生にうちの子供の特徴、普段どんなことをしているのか、好きな食べ物などを細かく書いたメモをお渡ししました。ところが「必要ありません」と一言。何でだろうかと不安に思いました。まずは一週間、預けてみて、合わなければ保育園を変えれば良いとも考えていたのです。しかし、一週間後、子供の態度が明らかに変わっていました。というのも、こだわりが強すぎて大変だった息子が自分から進んで色んなことに興味を持ち始めて、別人のようにこだわりがなくなっていたのです。これには妻とも驚いてしまいました。後日、先生に保育園での息子の様子を聞く機会があったので話を聞きました。すると一言、「子供の行動に目を向けるのではなく、心に目を向けると色んなものが見えるんです。」と回答をいただきました。私達は子供はこうあるべきという型に嵌めて見ていたのですが、先生は型に嵌めるのではなく、子供の思うままに行動させてくれ、本心を見抜いていたのです。それからは先生に指導を受けながら、私達も子供と共に成長していくことを決意しました。
先生には大事なことを教えていただけて感謝の思いでいっぱいでした。 -
幼稚園の頃の思い出
私が幼稚園に通っていたのは15年以上前の話ですが、当時のことを思い出しながら書いていきます。印象に残っている思い出として3つあります。1つ目は縄跳びをしていた思い出です。幼稚園生ですから前飛びしかできませんでしたが、友達と回数を競い合っていたのを覚えています。先生に飛び方を指導してもらい、毎回回数を数えてもらっていました。たくさん練習をしていくうちに回数もたくさん飛べるようになり、卒園式の前日、最後の縄跳びを行いました。先生に数えてもらった結果、約500回とこれまでの最高回数を飛ぶことが出来ました。卒園後も先生と年賀状等でやり取りをする際には縄跳びの話題が毎回上がっており、よい思い出となっています。2つ目は毛糸でマフラーを作った思い出です。今考えると当時は手先が器用だったと感じます。牛乳パックを使用してマフラーを作っていました。一時期マフラーを作ることにはまっている時期があり、毎日先生と一緒に編んでいたことを覚えています。毛糸の色もたくさんあったので、色が違うものを1つずつ家族に作成し、プレゼントしました。先生にもよく作ったねと褒めてもらったことを覚えています。3つ目は遠足の思い出です。幼稚園児なので自由に行動してしまい、先生に迷惑をかけてしまいました。しかし、先生は怒ることなく、遊ぶことを優先してくれました。とても良い先生でした。私が卒園してからしばらくしてご結婚し、退職されてしまったようですが、この記事を書くことで、連絡を取り、当時の思い出について話してみたいと思いました。
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卒業時に大好きな先生から
私の子どもがお世話になった幼稚園を卒業する時の話です。私の娘は小学生になる喜びと不安、そして何よりも大好きなお友達や大好きな先生とのお別れの気持ちでいっぱいだったようです。いざ卒園式を迎えると寂しさでいっぱいになったようで朝から泣き出してしまいました。小学校でも一緒になるお友達はたくさんいたようなのですが、クラスの先生とのお別れが一番寂しかったようです。卒園式を終えていよいよお別れの時でした。先生が子どもたちみんなにお手紙と手作りのおまもりをプレゼントしてくれました。子どもたちはみんな喜んでいて、私の娘も大喜びでした。あれから数か月が経ち、私の娘は元気に小学校に通っています。そしてランドセルにはあのおまもりがずっとつけられています。娘は、先生からもらったおまもりはずっと宝物で、これからもずっと一緒にいるんだと言っています。私は仕事で忙しく、あまり幼稚園の行事には参加できず、先生とはあまり関りがありませんでしたが、園児一人一人を大切にして、みんなに本当に大切なものをくれた先生が娘の先生になってくれて本当に良かったと思います。私自身、忘れかけていた大切な気持ち、思いやり、感謝、そして出会いの尊さを忘れずに生きていきたいと思います。私たち家族が先生からもらった、大切な宝物の話です。
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ママ友の明日香ちゃんのママはNGで、幼稚園の伊東先生はOK!
娘がまだ幼稚園に通っていたころの話です。タクシー運転手の私は朝勤務から帰ってくると、娘を近くの幼稚園に送っていくのが日課でした。徹夜明けの眠い目をこすりながらでしたが、とても楽しい仕事でした。最初は手をつないで、商店街まで行って、商店街に入ると娘を肩車します。目線が高くなるので、娘はキャッキャッと大喜びです。それでも女の子としてのプライドがあるのか、幼稚園のお友達の姿を発見すると、私の身体を樹木から降りていくように滑り降ります。女の子の肩車は恥ずかしいのでしょうか。それとも誰かにはやされたのか。いずれにしろ、再び手をつないで幼稚園に向かいます。
はたして、幼稚園の門に到達すると、右から左から仲良しのお友達の笑顔に遭遇します。「おはよう」、「おはよう」と大きな声で朝の挨拶です。これもとても楽しいルーティンです。娘もとてもうれしそうです。さあ、幼稚園の教室の前に着きました。ここで娘とお別れです。手を放して、「バイバイ」と左右に振ると、娘は何か物足りなそうです。手招きしています。そばによると、耳元で呟きました。「イヌイットのあいさつ!」そう、最近出勤前に娘と別れるときは、お互いの鼻の頭を擦り合わせて「イヌイットのあいさつ~」とパフォーマンスしていたのです。娘との「イヌイットのあいさつ」が終わると、娘は今度はお友達の明日香ちゃんと「イヌイットのあいさつ~」してます。明日香ちゃんは私の手を引っ張って、「ママも!」と言っています。でも、明日香ちゃんのママはとはちょっと。すると、幼稚園の伊東先生が間に入って来て、私と「イヌイットのあいさつ~」。ほんとに楽しい先生だ。 -
母の日の合作の似顔絵
近所の幼稚園に行っていたのですが、
急に保育園に転園することになった時の担任の先生の話です。
急な転園の理由は母の末期ガンが発覚したことでした。
当時は五歳で、人見知りでなかなか周りに馴染めずにいる私に、マンツーマンで紙芝居を読んでくれたり、ぬいぐるみを子供に見立てておままごとをしてくれてくれたり、とても気にかけてくれました。数ヵ月後母は亡くなりました。
お葬式の時五歳だった私には、母の死ということが理解できておらず、祭壇にある母の写真を見て、「なんでお母さんの写真があそこにあるんだろう?」と不思議な気持ちでいました。
保育園の先生がお焼香に来てくれました。
私は「あ!先生だぁ」と思ってうれしい気持ちになりました。先生はいつもの笑顔ではなく、涙を流していました。
「何か怖いことが起こっているのかなぁ」と
とても不安になったことを憶えています。母の入院中から、兄と私の面倒をみるために、祖母と同居することになりました。
母の死から2ヶ月後のこと、保育園で母の日へ向けて、お母さんの似顔絵書いてプレゼントしましょうと目の前に画用紙とクレヨンが用意されました。
「お母さんいないしどうしよう?」
何もできずに固まってしまいました。
周りはどんどん書き進めていくのに何もできないことに焦った私は「お母さんいないんですけど」
と担任の先生に言いました。先生は
「おばあちゃんの顔を書くのはどうかなぁ?
ご飯作ってもらったりしてるんでしょ?」母が死んで間もないのに、お母さんの似顔絵を書きましょうと言われた事は、かなり辛かったと今でも憶えています。
でも、先生が一緒にお婆ちゃんの絵を書いてくれたことが嬉しくて、傷ついた心が少し癒えたことも憶えています。
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わが子の大好きな保育園の先生
わが子は人との関係性や環境への適応が苦手な部分があり、入園当初から保育園に行きたくないと泣きさけんだり、運動会などのイベントごとでは人に見られたくないなど、普通の子供たちとの反応は明らかに違いました。周りの保護者たちはどう思っていたかはわかりませんが、私たちは子供の成長を信じていました。日常の生活の中での成長も見ていてわかっていましたし、思うやりのある子に成長していってくれればいいと思っていました。周囲の子たちは小さいころから様々な習い事をしていて、他の親御さんの子供への期待と教育への熱心ぶりには私たちはなかなかついていけませんでした。勉強の能力や人よりすごくなる、他の子に負けないように一生懸命頑張っているようで可哀想に思いました。子供
子供らしくそのときにしかできない体験、遊び、色々なことを感じていってほしいと思ったからです。
そのように私たちが考えられるようになったのも1人の保育園の担任の先生がいつもうちの子は頑張っていますよ!こんなことしてくれましたよ!と卒業するまでの間、わが子をみていてくれた影響が大きかったです。先生はいろんな子がいます。勉強に得意不得意はあるけど、わが子のことを私たちと同じように信じて、子の優しい一面であったり悩んでいる姿を理解してくれていました。わが子もその先生にだけは心を開いて恥ずかしながらもいろんなことに挑戦して無事、小学生になりました。勉強はあまり好きではないでしょうが学校生活を楽しんでくれています。 -
園児と親と先生の良い関係が続く幼稚園
自分が幼稚園児の頃ですから随分と昔の話です。その日は、工作をする日で、多くの園児たちが楽しみにしている日でした。と言うのも、工作をする日は、天気が良ければ外で工作をするので、室内で過ごすことと違って近所の広場まで出かけられるのです。その日の工作は、画用紙を使ってころころと風を受けて疾走する車輪を作るものでした。みんな熱心に教わった通りに作り上げ、色を塗って、個性豊かな工作が出来上がりました。さて、ここからがみんなのお楽しみです。自分で作り上げた車輪で競争し、一番よく転がった人には賞が与えられるのです。全員がその賞欲しさに頑張って作り上げたのです。全員が位置について、合図を待って、手作りの車輪を一斉に転がします。動力は自然に吹く風だけが頼りです。そよそよと吹く風を上手に受けることが出来れば、かなりのスピードで転がり続けます。幼稚園の先生の合図で一斉に手を離れた車輪が転がり始めます。上手く風を受けることのできない大半の車輪は途中で止まってしまいますが、自分の作った車輪は、どこが良かったのか、ものすごい勢いでころころと転がり続け、自分で走って追いかけても追いつかないほどのスピードで走っていきます。ダントツの走りで優勝間違いなしなのですが、あまりに勢いがついてどこかに行ってしまいました。せっかく作って優勝したのに現物が手に残っていないことが本当に残念でした。しかし、暫くして、ゼーゼー言いながら担任の先生が追いかけて行ってくれて、はるか向こうの空き地に転がっていた車輪を見つけて持ってきてくれたのです。本当に嬉しくて、先生に感謝しました。帰宅してその旨を親に伝えるとすぐに幼稚園に出向いて感謝していたのを覚えています。園児もその親も先生も良い関係が続く素敵な幼稚園だったと今更ながら思っています。
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一年間お世話になった幼稚園の先生
私の娘は、幼稚園に通っているのですが、一年間お世話になった先生が居ます。年少の時に担任をしてくれた先生で、その先生は新任の先生なのですが、とてもしっかりとしていて子どもの事を見てくれていて、子どもの良い部分を伸ばしてくれる先生です。年少での一年が終わり、終業式に子どもが先生からのお手紙を持って帰ってきました。そのお手紙には、子どもだけではなく親のことも考えてくれた文章で、とても心のこもったお手紙を貰いました。子どものことをしっかりと見てくれているだけではなく、親にまで気遣いをしてくれていて、本当にこの先生に一年お世話になって良かったなと思いました。私の子どもは、感覚過敏の所があり、よく感情的になってしまい先生にはたくさんご迷惑をかけたと思うのですが、そんなことは全く書かずに、子どもが他のお友達と一緒に楽しく過ごしてくれて、先生もパワーを貰えたと書いてくれていて、読んでいてとても心が温かくなりました。幼稚園の先生は、子供の保育から、その後にもいろいろな制作物を準備してくれたりと忙しい中でもいつも笑顔で対応をしてくれていて、私自身、親であっても毎日子どもに笑顔で接することができていない部分があるので、見習いたいなと思いました。先生の温かさ、ありがたさを感じる一年になりました。
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怖いと思っていた幼稚園の先生に褒められたまさかの出来事
私が幼稚園の年中の時に担任だった先生は、とてもけじめのあるしっかりした雰囲気の先生でした。当時の私にとっては「大好きだけどちょっと怖い」先生だったのです。そのため、私が何か行動をする時には先生に怒られないように気が張っていたこと、なんとなく近づきがたい雰囲気があったことを今でも覚えています。そんなある日、自由遊びの時間に私は他の友達と一緒に先生の周りに集まり、みんなでたわいもない話をしたり、手をつないでみたりとのんびり過ごしていました。すると先生がふと「肩が凝ってるなー」と言ったのです。それを聞いた私は「先生疲れてるんだ!」と思い、一生懸命に先生の肩を揉んだり、手のひらをマッサージしたり自分なりに先生の疲れを癒す方法を考えてあれこれ試してみました。私の行動を微笑みながら見ていた先生は「マッサージ上手だね!」とすごく褒めてくれました。普段はきびきびとした行動や言動が多い先生だったので、あんなに笑顔で褒めてくれたことがとても嬉しく、幼稚園でのたわいもない出来事なのに今でもはっきりと覚えています。今思えば、人のために自分が何かできることがあるということや、人の役に立つことの喜びを子どもながらに強く感じることができた貴重な体験でもあったなと感じています。