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幼稚園の先生と、子供が成人した今も繋がっていること
息子が幼稚園のとき、暴れん坊で、よく幼稚園に呼び出されていました。初めのころは大変だったのですが、息子が正義感から行動を起こしていることを分かって下さり、担任の先生は共感して頂き、とても仲良くなることができました。クリスマス会の企画について父母会で相談した時に、私と私の父で参加し、父はサンタクロースの衣装、私はなんと戦隊ものの黄色いスーツ(キレンジャー的な)を着て、劇をする、という企画が受けて、担任の先生を始めとして幼稚園の皆さんと一緒に作り上げることができ、とても楽しかった思い出です。その後、息子は卒園しましたが、娘が同じ幼稚園に入り、やはり暴れていましたが、温かく見守ってくれました。娘が卒園した後も、近所なので、よくお食事にいき、今度は女性として先輩である私の経験に頼ってくれる様な仲になりました。先生が結婚、出産した時にも相談してくれ、お話を聞いてあげることぐらいしかできないのですが、今では、息子が就職活動しており、娘は就職活動の準備をしているのですが、今度は就職活動の先輩として、先生の経験談をお聞きしたりしています。頼って、頼られて、の繰り返しですが、今でも素晴らしい関係で繋がっていることがとても嬉しく感じています。
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発達障害を疑われた息子の未来を変えてくれた先生との出会い。
僕の息子の話です。
息子は、産まれてすぐから睡眠時間が短く30分~1時間置きに起きてしまいます。お昼寝もあまりせず眠気と戦って泣き叫ぶ日々。寝る時も同様、眠気と戦い泣きわめきます。抱っこでしか寝てくれず、泣き疲れて寝てくれるのをひたすら待つこともありました。とにかく手がかかる子です。言葉も遅めで歩くのもオムツがとれるのも遅い…音に敏感で大きな音が鳴ると恐怖でパニックを起こす。健診に行くたびに発達障害の疑いがある。妻の身体が限界な事もあり、2歳児健診で保育所に入ってみてはどうだろうと提案をされた。すごく不安でした。僕よりも妻が凄く不安だったと思います。自分たちが見てないところでちゃんとやっていけるだろうか…。妻の状態を考えると通わせるべきだと言う事になり、いざ登園。行きも帰りも玄関で大泣き。どんなに疲れても昼寝をしないしずっと抱っこだと言う。これが1ヶ月続いた時、担任の先生に呼び出された。「専門の機関に行った方がいい!この子は発達障害か何かの障害だ!!」。すごくショックでした。そして悔しかった。そこで保健師を通し児童相談所を通して専門の先生に診てもらう事、数回。色々なことを言われました。そこで更に妻のメンタルがボロボロになって行きました。診断結果を保育所に渡したタイミングで先生が新しくい方にかわりました。この先生が息子を変えてくれた方です。息子は、先生が大好きです。周りからの評判はあまりよくなかった先生ですが、息子が懐いた先生はこの人だけでした。人見知りもすごくする息子が懐いた人なら信じてみようと思いました。その日から、息子は玄関で泣くことが一切無くなりました。言葉も沢山話せるようになり、一人で出来る事が増えました。オムツもすぐとれ、昼寝もするようになり劇的に変わったんです。しかし先生も発達障害が気になると言うので支援を受けるよう言われました。この先生は全てをサポートしてくれると言ってくれたので心強かったのを覚えています。息子が6歳の時、通っていた保育所が閉所になり違う保育園に通うことになりました。入学前の一年間を新しい先生でスタートになるのが心配でした…。閉所と同時にまさかと思いましたが元担任の先生も赴任してきたんです!!息子の担任じゃなくても息子が頼れる人が居るだけで安心しました。周りに同じ人が担任になるのは異例な事だと言われたので高望みはしませんでした。担任発表が知らされた時は驚きました。また同じ先生がついてくれることになるなんて。残された1年の間に、これから先困らないようと色々な事を教えてくれてました。この先生のおかげでスムーズに一年生になる事ができ今の息子があるんだと思っています。心から感謝しています。 -
喜んでくれた幼稚園の先生
私が幼稚園の頃に先生との嬉しい経験は、運動会の練習の時のことです。大きな棒をお友達4人で持って走り、コーンをぐるりと一周してゴール地点まで走るという競技だったのですが、私は一番外側だったのでコーンを中心に折り返すときに余計に急いで走らなければいけません。焦ったのと棒を離してはいけないという思いで、途中でズサーっと派手にこけてしまい、膝から下を擦りむいてしまいました。その時は痛さより恥ずかしさでしょんぼりしたのを覚えています。職員室に連れて行ってもらい、擦りむいた部分を消毒してもらいました。その時、園長先生が私の目線まで小さくかがんで優しく「大丈夫よ」と言ってくれたのを覚えています。しかし翌日、翌々日と運動会の練習を休んでしまいました。その次の日はもう運動会本番でしたが、またこけてしまうのではないかという恐怖で不安でした。「でも明日はもう本番だし…」と小さいながらにも決心を固めて練習に合流した時、隣の組の先生が「あっ!〇〇ちゃん!来たね!よーし!がんばるぞ!」と言ってとても喜んでくださり、抱っこしてくれました。その先生と言葉を交わすのはその時が初めてだったので妙に照れてしまい、顔が真っ赤になりました。そしてドキドキが止まらぬままスタートの旗が上がり、それはもうとにかく一生懸命に走りました。何も聞こえず自分の荒い呼吸だけが耳に残っています。そして無事にこけることなく走ることができました。あの時、抱っこして大喜びしてくださった先生にとても感謝しています。
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長男のイヤイヤ期に保育園の先生に言われたこと
長男は2歳から保育園から行ったのですが、入園後しばらくしての面談で先生に言われたことがとても心に残っています。2歳はかわいい盛りではあったけれど、イヤイヤ期がひどく育児で落ち込むこともよくありました。お父さんとはお風呂に入るのに、わたしとだと入ってくれない。夫の方がイヤイヤで機嫌が悪くなった息子のあしらいが上手い。1人目の子どもということもあり、自分は育児が下手なんだ、頑張っているのにいいお母さんになれない。育児について自信をなくすことが多く、もしかしたら面談の時も緊張した暗い顔をしていたのかもしれません。そんな私に先生が教えてくれたのが、保育園での長男のリアルな笑い話や先生から見た長男の姿でした。転んでしまったお友達の服についた砂を払おうとして、服をはたきすぎてお友達を泣かせてしまった。「抱っこして」とは言いに来ないけど、他の子を抱っこしていると遠巻きに見ていて、「抱っこしようか?」というと嬉しそうに抱っこされる意地っ張りなところがある等々。育児について直接アドバイスをもらったわけではないけれど、自分の他にも長男をずっと見ててくれる人がいる、ということがすごく嬉しくて、いままで張りつめていた気持ちが一気にほぐれました。最後に「大変な時期だとは思いますが、一緒に頑張りましょう」と言っていただいたのも、辛いときの心のお守りになりました。
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子供の心を観てくれた先生
子供は3歳の元気な男の子です。ただ、人一倍にこだわりが強いせいか親の言うことも聞いてくれません。うちは共働き世帯ですのでどうしても保育園に預ける必要がありました。当初、こだわりが強すぎるあまり、迷惑をかけるのではないか?との不安がありました。保育園の先生にうちの子供の特徴、普段どんなことをしているのか、好きな食べ物などを細かく書いたメモをお渡ししました。ところが「必要ありません」と一言。何でだろうかと不安に思いました。まずは一週間、預けてみて、合わなければ保育園を変えれば良いとも考えていたのです。しかし、一週間後、子供の態度が明らかに変わっていました。というのも、こだわりが強すぎて大変だった息子が自分から進んで色んなことに興味を持ち始めて、別人のようにこだわりがなくなっていたのです。これには妻とも驚いてしまいました。後日、先生に保育園での息子の様子を聞く機会があったので話を聞きました。すると一言、「子供の行動に目を向けるのではなく、心に目を向けると色んなものが見えるんです。」と回答をいただきました。私達は子供はこうあるべきという型に嵌めて見ていたのですが、先生は型に嵌めるのではなく、子供の思うままに行動させてくれ、本心を見抜いていたのです。それからは先生に指導を受けながら、私達も子供と共に成長していくことを決意しました。
先生には大事なことを教えていただけて感謝の思いでいっぱいでした。 -
幼稚園の頃の思い出
私が幼稚園に通っていたのは15年以上前の話ですが、当時のことを思い出しながら書いていきます。印象に残っている思い出として3つあります。1つ目は縄跳びをしていた思い出です。幼稚園生ですから前飛びしかできませんでしたが、友達と回数を競い合っていたのを覚えています。先生に飛び方を指導してもらい、毎回回数を数えてもらっていました。たくさん練習をしていくうちに回数もたくさん飛べるようになり、卒園式の前日、最後の縄跳びを行いました。先生に数えてもらった結果、約500回とこれまでの最高回数を飛ぶことが出来ました。卒園後も先生と年賀状等でやり取りをする際には縄跳びの話題が毎回上がっており、よい思い出となっています。2つ目は毛糸でマフラーを作った思い出です。今考えると当時は手先が器用だったと感じます。牛乳パックを使用してマフラーを作っていました。一時期マフラーを作ることにはまっている時期があり、毎日先生と一緒に編んでいたことを覚えています。毛糸の色もたくさんあったので、色が違うものを1つずつ家族に作成し、プレゼントしました。先生にもよく作ったねと褒めてもらったことを覚えています。3つ目は遠足の思い出です。幼稚園児なので自由に行動してしまい、先生に迷惑をかけてしまいました。しかし、先生は怒ることなく、遊ぶことを優先してくれました。とても良い先生でした。私が卒園してからしばらくしてご結婚し、退職されてしまったようですが、この記事を書くことで、連絡を取り、当時の思い出について話してみたいと思いました。
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頭が下がる保育園の先生の記憶力
我が家には子供が3人おり、いずれも同じ保育園に通っています。一番上の子供が入園することになり、当時は仕事の関係で私が朝の出勤ついでに保育園に送り、妻が仕事帰りに保育園に迎えに行くといった役割分担をしていました。朝の保育園の送りでは、夕方に迎えに行く時と違って仕事が控えていますので、そそくさと荷物を置いて来園時間を記録し、先生に挨拶して保育園を出ます。そのため、先生との会話は一言二言で終わる場合がほとんどです。正直先生の顔と名前が一致するのは、長男の担任の先生のみ(申し訳ないです…)。そんな中、2番目の子供が入園する頃には仕事が多忙となり、保育園の送り迎えはいずれも妻にお願いすることになって、2ヶ月ほど保育園に行く機会はなくなりました。その後、妻の体調不良によって本当に久しぶりに保育園に行った際には、荷物の置き場所も変わっていたりして子供に聞かないと分からないような状態になっていたのですが、先生から「○○君のお父さん」と先生から声をかけられ、色々と丁寧に教えてくださいました。その時は子供と一緒にいたのであまり深く考えていませんでしたが、後から考えると子供が靴を直しに行っている時に廊下で一人で先生と会った時も、顔も知らない新しい先生と会った時もちゃんと「○○君のお父さん」と呼ばれていたことに気づきました。保育園の先生方は、子供たちの名前を間違えるところを見たことはありませんし、その親まで覚えるとなると相当な大変さがあることと思いますが、一人の子、一人の親として認識してもらうことにとても有難く感じた出来事でした。
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保育園や幼稚園で先生に言われた想い出深い言葉
保育園の頃、とても人見知りでいつもシクシク一人で泣いていました。そんな時、保育園の先生がいつも抱っこして頭を撫でてくれたことを覚えています。
そして、保育園から幼稚園に入ったのですが、幼稚園の頃にも人見知りは続いてました。さすがに幼稚園ともなるともう少し言葉を話すことができます。ある時、一人でお砂場遊びをしていたのですが、先生がやって来て一緒にお城を作ってくれたのです。この時「○○ちゃんはお砂遊びがとても上手だね」と言ってくれました。物凄く嬉しかったことを覚えています。
今思うと、そのほとんどを先生が作ってくれたように感じられるのですが、当時は自分が作ったという気持ちでいたのです。それを褒められたので自信が湧いてきました。その日からというもの、せっせとお砂場遊びでいろいろなものを作っていると、だんだん他の園児たちも混ざって遊ぶようになりました。誰かと一緒に何かを作るというのはとても楽しいものです。私もだんだんとお友達と話すようになり、卒園する頃にはたくさんのお友達ができていました。
当時の幼稚園の先生は一人一人の良いところをきちんと見ていたのだと思います。そして、さり気なく良いところを伸ばしてくれたのだろうなと思いました。 -
幼稚園の先生との優しき時間
幼稚園に3年くらい通っていました。毎日楽しくお友達と遊んでいたような気がします。その中でも1番好きだったのは紙芝居を見るお時間でした。「今回は何のお話かな?」とわくわくしながらいつも楽しみにしていました。おとなしくて内向的な子どもだった私は、先生と積極的にお話しした記憶はあまりありません。なので先生が話しかけてくれた時はとても嬉しかったことを覚えています。ある日のこと、紙芝居をしまっているお部屋の前で、扉のガラスのところに私がおでこをくっつけてそのお部屋の中にある紙芝居をガン見してのぞいていたところに先生が通りました。おそらく先生は驚いたと思うし、「この子は一体何をしているのだろう?」と思ったと思うのですが、先生は優しく「紙芝居好きなの?」とおっしゃいました(←この想像力、さすがです!)。私は小さく「…うん」と答えました。先生は「そう!」とおっしゃって通り過ぎました。その数時間後、その日は紙芝居のお時間はない日だったのですが、先生が紙芝居のお時間を作ってくださいました。私の方をみて優しく微笑みながら。それがとても嬉しかったです。今思えばスケジュールを変更するのは大変だったろうと想像できます。こうして文章を書きながら当時のことを思い出し泣きそうになっています。先生、あの時は本当にありがとうございました。
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手の甲に笑うアンパンマン
うちの娘は1歳から保育園に通い始めました。新型コロナウィルスの影響で、生後からほとんど外出ができず両親以外との人間関係が乏しい状態での登園開始でした。性格も引っ込み思案なため、先生や園児との集団生活にうまく馴染めるか心配していました。やはり登園開始1か月程はあまり積極的に遊ぶことができず、先生に抱っこされて過ごすことが多いと連絡を受けていました。そんなある日娘を保育園に迎えにいくと片言で「あん、、あんマン」といいながら手を差し出してきました。よく見ると娘の手の甲にボールぺんで上手アンパンマンが書かれていました。先生に訪ねると、仕事中の先生に娘が近づいていきボールペンを不思議そうに見ていたので、楽しんでもらおうと手の甲にアンパンマンを書いてくれたそうです。とても愛らしく笑うアンパンマンが書かれており私も微笑んでしまいました。娘はその経験が本当に嬉しかったようで、家に帰ってからも何度も私に見せてくれましたし、その後1週間は保育園に行く度に先生に書いてもらっていました(笑)。きっと娘は先生からアンパンマンのイラストと共に「愛と勇気」をもらったのだと思います。その日をきっかけに園でも積極的に遊べるようになり、2歳になったいまでも保育園を楽しみに日々生活しています。