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ママ友の明日香ちゃんのママはNGで、幼稚園の伊東先生はOK!
娘がまだ幼稚園に通っていたころの話です。タクシー運転手の私は朝勤務から帰ってくると、娘を近くの幼稚園に送っていくのが日課でした。徹夜明けの眠い目をこすりながらでしたが、とても楽しい仕事でした。最初は手をつないで、商店街まで行って、商店街に入ると娘を肩車します。目線が高くなるので、娘はキャッキャッと大喜びです。それでも女の子としてのプライドがあるのか、幼稚園のお友達の姿を発見すると、私の身体を樹木から降りていくように滑り降ります。女の子の肩車は恥ずかしいのでしょうか。それとも誰かにはやされたのか。いずれにしろ、再び手をつないで幼稚園に向かいます。
はたして、幼稚園の門に到達すると、右から左から仲良しのお友達の笑顔に遭遇します。「おはよう」、「おはよう」と大きな声で朝の挨拶です。これもとても楽しいルーティンです。娘もとてもうれしそうです。さあ、幼稚園の教室の前に着きました。ここで娘とお別れです。手を放して、「バイバイ」と左右に振ると、娘は何か物足りなそうです。手招きしています。そばによると、耳元で呟きました。「イヌイットのあいさつ!」そう、最近出勤前に娘と別れるときは、お互いの鼻の頭を擦り合わせて「イヌイットのあいさつ~」とパフォーマンスしていたのです。娘との「イヌイットのあいさつ」が終わると、娘は今度はお友達の明日香ちゃんと「イヌイットのあいさつ~」してます。明日香ちゃんは私の手を引っ張って、「ママも!」と言っています。でも、明日香ちゃんのママはとはちょっと。すると、幼稚園の伊東先生が間に入って来て、私と「イヌイットのあいさつ~」。ほんとに楽しい先生だ。 -
母の日の合作の似顔絵
近所の幼稚園に行っていたのですが、
急に保育園に転園することになった時の担任の先生の話です。
急な転園の理由は母の末期ガンが発覚したことでした。
当時は五歳で、人見知りでなかなか周りに馴染めずにいる私に、マンツーマンで紙芝居を読んでくれたり、ぬいぐるみを子供に見立てておままごとをしてくれてくれたり、とても気にかけてくれました。数ヵ月後母は亡くなりました。
お葬式の時五歳だった私には、母の死ということが理解できておらず、祭壇にある母の写真を見て、「なんでお母さんの写真があそこにあるんだろう?」と不思議な気持ちでいました。
保育園の先生がお焼香に来てくれました。
私は「あ!先生だぁ」と思ってうれしい気持ちになりました。先生はいつもの笑顔ではなく、涙を流していました。
「何か怖いことが起こっているのかなぁ」と
とても不安になったことを憶えています。母の入院中から、兄と私の面倒をみるために、祖母と同居することになりました。
母の死から2ヶ月後のこと、保育園で母の日へ向けて、お母さんの似顔絵書いてプレゼントしましょうと目の前に画用紙とクレヨンが用意されました。
「お母さんいないしどうしよう?」
何もできずに固まってしまいました。
周りはどんどん書き進めていくのに何もできないことに焦った私は「お母さんいないんですけど」
と担任の先生に言いました。先生は
「おばあちゃんの顔を書くのはどうかなぁ?
ご飯作ってもらったりしてるんでしょ?」母が死んで間もないのに、お母さんの似顔絵を書きましょうと言われた事は、かなり辛かったと今でも憶えています。
でも、先生が一緒にお婆ちゃんの絵を書いてくれたことが嬉しくて、傷ついた心が少し癒えたことも憶えています。
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息子が卒園してからの出来事
私の息子はとても泣き虫で幼稚園に行くのが本当に本当に嫌で毎日泣いていました。私も仕事があるので、かわいそうと思いながらも毎日幼稚園に送っていました。 そのたけの幼稚園の先生がとても優しい先生で、私の息子をいつも笑顔で迎えてくれて少しでも負担にならないように気を使いながら私の息子に接してくれました。その先生がいたおかげで無事に通うこともできましたし、他の友達とも仲良く過ごすことができたのだと思います。色々なお遊戯会なのでもいつもそばにいてくれて私のように母親母親のような役割を務めてもらいました。そんな先生とも卒園が近づくたびに息子は別れるのが嫌だと、泣いていた時がありました。笑っちゃうのですがあの先生と結婚するとまで言っていました。小学校にあり先生と会う時はなかったのですが、その後手紙が届き近況を報告し合いながらトーテムある時に先生に会いに行こうと息子と一緒に車で幼稚園に行きました。 少し大人びた息子を見て先生もとても嬉しそうでしたし私も胸が温かくなりました。 幼稚園の先生というのはいつまでも覚えている印象があるので、その幼稚園の先生に私はとても感謝しています。幼稚園の先生というのは本当にすごい仕事だと思います。
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お迎えの先生
私は子供好きですが、独身で子供がいません。ですのでよく姉夫婦の家に遊びに行き姪っ子と遊ぶ事が多くなりました。姪は今年から幼稚園にあがりましたが、嬉しいことにまだ私に懐いてくれています。ある日姉から連絡が入り、「ちょっと、子供迎えに行ってもらっていい?」との事でした。私は了承し、迎えに行く途中思いました。「あれ、姪は分かるけど、先生達は自分の事を分かるかな?怪しい人だと思われないかな?」と少し不安に思い姉に確認の連絡をしましたが、急用だったようで電話には出ませんでした。姪を待たせるわけにも行かないので、意を決してそのままお迎えに幼稚園に行きました。いつもの時間より大分遅れてしまっていたため、玄関で先生と手を繋いでうつむいている姪が目に入り急いで玄関に向かい、「遅れて申し訳ありません。親が急用になり、急遽私が迎えにきました」と急いで挨拶をすると、先生は少しきょとんとした様子で、「あの、お父さん、、、ではないですよね」と困惑したような顔をしていました。当然です。すると「あ、○○(私の名前)!遅い!」と私の手を握ってきました。姪は私の事を下の名前で呼ぶのですが、先生はそれを見てなぜか安心した様子で、「あ~パパさん、よく聞いてますよ」と笑顔で話してくれました。先生は続けて「姪っこちゃんはいつも園では、『私パパ2人いるの、○○(私の名前)っていうの』って言って遊んだこととかよく教えてくれるんですよ。本当に仲が良いんですね」と話してくれました。姉は相当急いでいたようで、園に連絡をいれていなかったようだったので、改めて私から姉に連絡を入れ、叔父が迎えに行く事を先生に確認してもらいました。一応身分証明書も確認してもらい、帰り際姪が「先生さようなら」と言うと先生が、「はい、さようなら、お父さん迎えに来てくれてよかったね」と言ってくれました。私も挨拶を済ませると、姪に「ありがとう」と伝えましたが、姪は何で?と言った表情で帰ってから何して遊ぶのかをひたすら考えていました。忘れられない一日になりました。
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幼稚園と保育園の転園が産んだ第二の親
引っ越しがかさなり幼稚園と保育園に通っていた時の嬉しかった思い出は、幼稚園では自宅が遠い場所だったこともあり、両親が毎日車で幼稚園まで送ってくれていたのですが、共働きになってからは幼稚園までは、近所のおじさんが連れて行ってくれていました。そんな家庭環境をしった幼稚園の先生方が日替わりで朝早く自宅まで車で迎えに来てくれてくれた事です。先生方の日替わりの運転や幼稚園までの道のりが違うことも、当時は楽しく小さな冒険をしている感覚でした。また車の中で先生方が朝ごはんのお弁当を作って来てくれてその味が、毎日変わる度に朝からレストランに来ている様で、毎日が嬉しかったです。そうして近所の保育園に転園してからも先生方が協力してくれました。転園する時に両親が残業の事を話していたのだと思います。なので毎日の様に保育園を最後に出るという保育園の過ごし方だったのです。しかし夜遅くなっても保育園の先生方はいつも残って優しく見守ってくれていたのです。時には夕飯のお弁当をくれたり、お菓子を渡してくれて喜ばせてくれたりしてくれたのです。両親が迎えに来るまでの時間を保育園の先生方が協力をしあいながら残業をして注いでくれた第二の親の様に愛情を注いでくれたのです。ケガをした時には病院まで付き添ってくれたり、ケンカをしたした時には怒ってくれて本当に親の様な形をとってくれていました。小さい時期のわずかな期間で愛情をあの時程注いでくれた方々に感謝をしています。
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わが子の大好きな保育園の先生
わが子は人との関係性や環境への適応が苦手な部分があり、入園当初から保育園に行きたくないと泣きさけんだり、運動会などのイベントごとでは人に見られたくないなど、普通の子供たちとの反応は明らかに違いました。周りの保護者たちはどう思っていたかはわかりませんが、私たちは子供の成長を信じていました。日常の生活の中での成長も見ていてわかっていましたし、思うやりのある子に成長していってくれればいいと思っていました。周囲の子たちは小さいころから様々な習い事をしていて、他の親御さんの子供への期待と教育への熱心ぶりには私たちはなかなかついていけませんでした。勉強の能力や人よりすごくなる、他の子に負けないように一生懸命頑張っているようで可哀想に思いました。子供
子供らしくそのときにしかできない体験、遊び、色々なことを感じていってほしいと思ったからです。
そのように私たちが考えられるようになったのも1人の保育園の担任の先生がいつもうちの子は頑張っていますよ!こんなことしてくれましたよ!と卒業するまでの間、わが子をみていてくれた影響が大きかったです。先生はいろんな子がいます。勉強に得意不得意はあるけど、わが子のことを私たちと同じように信じて、子の優しい一面であったり悩んでいる姿を理解してくれていました。わが子もその先生にだけは心を開いて恥ずかしながらもいろんなことに挑戦して無事、小学生になりました。勉強はあまり好きではないでしょうが学校生活を楽しんでくれています。 -
園児と親と先生の良い関係が続く幼稚園
自分が幼稚園児の頃ですから随分と昔の話です。その日は、工作をする日で、多くの園児たちが楽しみにしている日でした。と言うのも、工作をする日は、天気が良ければ外で工作をするので、室内で過ごすことと違って近所の広場まで出かけられるのです。その日の工作は、画用紙を使ってころころと風を受けて疾走する車輪を作るものでした。みんな熱心に教わった通りに作り上げ、色を塗って、個性豊かな工作が出来上がりました。さて、ここからがみんなのお楽しみです。自分で作り上げた車輪で競争し、一番よく転がった人には賞が与えられるのです。全員がその賞欲しさに頑張って作り上げたのです。全員が位置について、合図を待って、手作りの車輪を一斉に転がします。動力は自然に吹く風だけが頼りです。そよそよと吹く風を上手に受けることが出来れば、かなりのスピードで転がり続けます。幼稚園の先生の合図で一斉に手を離れた車輪が転がり始めます。上手く風を受けることのできない大半の車輪は途中で止まってしまいますが、自分の作った車輪は、どこが良かったのか、ものすごい勢いでころころと転がり続け、自分で走って追いかけても追いつかないほどのスピードで走っていきます。ダントツの走りで優勝間違いなしなのですが、あまりに勢いがついてどこかに行ってしまいました。せっかく作って優勝したのに現物が手に残っていないことが本当に残念でした。しかし、暫くして、ゼーゼー言いながら担任の先生が追いかけて行ってくれて、はるか向こうの空き地に転がっていた車輪を見つけて持ってきてくれたのです。本当に嬉しくて、先生に感謝しました。帰宅してその旨を親に伝えるとすぐに幼稚園に出向いて感謝していたのを覚えています。園児もその親も先生も良い関係が続く素敵な幼稚園だったと今更ながら思っています。
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一年間お世話になった幼稚園の先生
私の娘は、幼稚園に通っているのですが、一年間お世話になった先生が居ます。年少の時に担任をしてくれた先生で、その先生は新任の先生なのですが、とてもしっかりとしていて子どもの事を見てくれていて、子どもの良い部分を伸ばしてくれる先生です。年少での一年が終わり、終業式に子どもが先生からのお手紙を持って帰ってきました。そのお手紙には、子どもだけではなく親のことも考えてくれた文章で、とても心のこもったお手紙を貰いました。子どものことをしっかりと見てくれているだけではなく、親にまで気遣いをしてくれていて、本当にこの先生に一年お世話になって良かったなと思いました。私の子どもは、感覚過敏の所があり、よく感情的になってしまい先生にはたくさんご迷惑をかけたと思うのですが、そんなことは全く書かずに、子どもが他のお友達と一緒に楽しく過ごしてくれて、先生もパワーを貰えたと書いてくれていて、読んでいてとても心が温かくなりました。幼稚園の先生は、子供の保育から、その後にもいろいろな制作物を準備してくれたりと忙しい中でもいつも笑顔で対応をしてくれていて、私自身、親であっても毎日子どもに笑顔で接することができていない部分があるので、見習いたいなと思いました。先生の温かさ、ありがたさを感じる一年になりました。
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怖いと思っていた幼稚園の先生に褒められたまさかの出来事
私が幼稚園の年中の時に担任だった先生は、とてもけじめのあるしっかりした雰囲気の先生でした。当時の私にとっては「大好きだけどちょっと怖い」先生だったのです。そのため、私が何か行動をする時には先生に怒られないように気が張っていたこと、なんとなく近づきがたい雰囲気があったことを今でも覚えています。そんなある日、自由遊びの時間に私は他の友達と一緒に先生の周りに集まり、みんなでたわいもない話をしたり、手をつないでみたりとのんびり過ごしていました。すると先生がふと「肩が凝ってるなー」と言ったのです。それを聞いた私は「先生疲れてるんだ!」と思い、一生懸命に先生の肩を揉んだり、手のひらをマッサージしたり自分なりに先生の疲れを癒す方法を考えてあれこれ試してみました。私の行動を微笑みながら見ていた先生は「マッサージ上手だね!」とすごく褒めてくれました。普段はきびきびとした行動や言動が多い先生だったので、あんなに笑顔で褒めてくれたことがとても嬉しく、幼稚園でのたわいもない出来事なのに今でもはっきりと覚えています。今思えば、人のために自分が何かできることがあるということや、人の役に立つことの喜びを子どもながらに強く感じることができた貴重な体験でもあったなと感じています。
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親の当たり前が、こどもの良いところ
長女が幼稚園で年長さんだった頃の話です。クラスみんなで粘土を使った遊びをする日がありました。とても楽しかったようで、嬉しそうに持ち帰った作品を何度も見せてくれました。写真まで撮って欲しいとせがまれたのは、普段はなかなかないことで、珍しいなと思っていました。その後、先生と話す機会があり、その時の話を聞きましたが、娘の作品がクラス全員の注目を集めたようです。お友達からたくさん褒められたり、他の子も真似をして作り始め、娘の真似っこ作品がたくさん出来上がったようで、かなり嬉しそうな様子だったとのことでした。その後しばらくは、お友達から「粘土博士」と言われ、鼻高々で過ごしたようです。先生からも、「手先が器用で、こんなに上手に他の子は作れない」と言われました。普段褒めない先生なので、お世辞ではないようで、親の私も嬉しくなりました。家の中でも、工作や粘土遊びをすることが多い子です。親にとっては、よくある子どもの遊びで、特段素晴らしいとは思わなくても、他人から見たら、よくできていると見られ、褒められることで自信に繋がることもあるのだと気付きました。親が当たり前に感じることでも、その子の個性であり、良いところでもあることを意識し、これからはちょっとした事でも、褒めて育てたいと感じました。